ひとりごと

浮遊する想像する力

最近(昔からそうなのかも知れないが)自分の想像力が一人歩きして、あらぬ方向へ向かい出したりして、面白い。
たとえば、こういうことである。
今までなんとか引っ張ってきた奥歯を抜いた。そこで実感したのは、歯は上下がタッグを組んで機能するということだ。抜いた歯の相方は突然その存在意義を失ってしまう。完全に孤独になる。それはどうでもいいことなのだが、僕の想像力はこう展開した。人の部位は左右で揃っているのになぜ歯だけが上下関係を持っているのかという疑問。そこから歯という存在が醸し出す疑義、口という存在が醸し出す疑義、さらには声は発見されたものなのか、発明されたものなのか、さらには言葉は発見されたものなのか、発明されたものなのか、いろいろな疑問が脳裏を駆け巡り、?の海で溺れかける。赤ちゃんはどうして泣くのか?泣くということをいつ誰に教わったのか?自ら自覚して泣いているのか?赤ちゃんの意味不明のおしゃべりは、発声の練習なのか?、会話の練習なのか?、意味なくごちゃごちゃ声を出しているだけなのか?赤ちゃんへの疑問だけでも次から次へと湧き出してくる。こっちは知識も知恵もないから疑いの垂れ流しである。
COVIDが流行り出した頃、マスクと耳の関係に疑問を持ち、もし耳がそこになかったらマスクは生み出されてなかったのか?あるいは違う形で同様の機能を持つ何物かを人は生み出すのだろうか?その際どのようなものが生み出されるのか?そんなことばかり考えてしまう。PERFUMEののっちがゲームを楽しむように、疑問ゲームを楽しんでいるのかも知れないが、お年寄りの想像力は浮遊するのである。
口は呼吸するし(でもこれは専売特許ではなく、鼻の方がヘゲモニーを握っている)、歯を使ってご飯も食べる。それに声を出し、言葉を発し、会話する。キスもする。このマルチ臓器はもっと大切にしてあげないといけないのですね。
だから、お年寄りの想像力は浮遊するのである。