ひとりごと

怒涛のゴールデンウィーク

5月1日から始まった5日間の連休。まさに怒涛の日々だった。何せ5日間、連日の満席状態だったのだから。こんなことは横濱陶藝倶樂部で体験コースを設置してから初めてのこと。毎日毎日、さまざまなゲストと出会い、楽しい日々を過ごさせていただいたわけだが、本当に疲れた。要するに嬉しい悲鳴というやつだ。

どうしてこんなことになっちゃたんだろう。

ある会員からこんなメールが届いた。

明日の教室はお休みします。

今日、久しぶりに帰宅していた医者の姪に連絡した所、私が越境して出かける事を知り「緊急事態宣言発令」の意味を良く考える様に。変異株も増え、まだ不明で外ではリスクも高くなり、罹患するかも媒介者にも成りうると、もっと医療従事者の働きを考える様にと、不要不急と指摘されてしまいました。

この姪御さんの考えは十分分かる。知識も経験も豊富なプロなんだから当然の意見だろう。ましてや医療崩壊に突入していると言っても過言ではない今日。息を潜めてうちに籠り、じっと時が過ぎるのを待つ。それはそれで100点満点の正答だろう。だがしかし待てよ。「不要不急」とは何か?

芸術について考えてみよう。こんな時はうちの中でゆっくりと文学作品を味わう絶好のチャンスではないか。確かにそうだ。では文学作品に触れることは「不要不急」ではないのか。すべての人間がそうだというわけではないと思うが、今日、文学を始め芸術は人間が生きていく上で必要不可欠だ。ただ、文学というか書物は融通性が高い。自分時間の中で自分のペースで触れれば良いし、基本的に場所を問わない。書物は極めて特殊な機能を持った媒体だ。それにある意味で近いのが、美術作品である。基本的に自分時間の中で自分のペースで触れることができる。ただ、場所は限定される。その作品がある場所でしか美術作品に触れることはできない。画集とかテレビ番組で触れることができるのはその美術作品に関する情報であって、美術作品が持つ磁力をそこでは体験できない。ましてや演劇や音楽など舞台芸術に至っては(ある意味では映画も含めて)自分時間で触れることはできない。その時、その場にいることによって接することができる。まさにLIVEなのだ(スポーツも同じだ)。それは今日人間が生きていく上で必要不可欠なイベントなのだ。だから、権力者は、イベントを中止させるのではなく、安全に遂行できる手立てを考えるべきなのだ。なぜなら、本来、民主主義の世界での権力とは市民が持つ権利を遂行させことが目的の装置なのだから。

横濱陶藝倶樂部の活動について考えてみよう。しょっぱなの緊急事態宣言の時は活動はほぼ完全にストップしてしまった。それに対して、国や県はそれなりの補償をしてくれた。多分、それらが無かったら横濱陶藝倶樂部は潰れていただろう。

しかし、今回は5連休総満杯だった。それは、ゲストが慣れによって緩くなったからなのか。それはゲストが舐めてかかってるからなのか。それは違う。私たちはCOVID-19の対応を心得ることができるようになったからだ。マスクをする、消毒をする、三密を避ける。基本的にはこの三点を徹底的に守る。移さない移されないという微妙な関係を他所と撮りながら、自己責任において行動する(もちろんイレギュラーは伴うが)。陶芸の体験は、それができる。まして横濱陶藝倶樂部は常に一組限定だから尚更である。

この五日間に来られたゲストがアソビューという体験サイトに投稿された口コミを見てみよう。

優しく教えてくださって、楽しい陶芸体験ができました。出来上がりが楽しみです。

10歳の息子と家族三人、揃って初めての体験でしたが、とても楽しく貴重な時間を過ごさせていただきました。先生が優しくて面白くて、個人的にとてもツボです。 ありがとうございました。

ちょっと癖があるけど、普通にわかりやすい これから趣味にしたいと思う人にはおすすめ。 焼き代は体験費に込みで、送料は別途有料です。

今回娘(小6)の3回目の体験でした。ひでお先生が、優しい声かけで教えて下さり、たくさん褒めて下さいました。 ろくろ作りの他に、お皿作りにも挑戦しました。とても楽しかったようです。 ありがとうございました。

有難くも嬉しいまっとうな口コミである。皆さん自己責任で、ご家族やご友人と充実したこの時を獲得している。

お医者さんがダメというのも分かるが、遅くまで開いている酒場の蜜状態で大声で叫びながらお酒を食らっている方とはやはり根本的に違うと思う。

横濱陶藝倶樂部は可能なかぎりの感染対策を取りながらこれからも活動を続けていくと思う。そしてたくさんのゲストと共に土に触れながら、ホストの側も充実した時間を過ごし、ゲストの方々が笑顔で工房を後にするそんな日々をこれからも過ごしていきたい。ゲストの皆さん、ありがとう。