ひとりごと

土を練る

土を練るとはどういうことか?土の中の空気を取り除くとか、硬さを均一にするとか、粒子を綺麗に並べ替えるとか、いろいろとよく言われるが、最近ぼくは土を練るとは土にマッサージを施す事のように思われて仕方がない。いろいろと凝ったり、疲れたり、乱れたりしている土をマッサージしてあげて、ほどよい水気を加え、しこりをほぐし、土自体が気持ちいい状態になるように施すこと、それが土を練るということのように感じられるのだ。

造形とは作り手と素材のコラボレーションであり、そこでの主体という概念が成立するとすれば、それは、作り手でも素材でもなく、作り手と素材の関係性に宿るのだろう。

陶芸に限っていえば、うつわとは作り手と使い手と土がそれぞれ持つ世界との関係性に基づいた結界である。最終的に着地するのは使い手の世界の中での出来事だろう、生活の中での出来事だろう。その結界に何を盛るかは使い手が全権を握っているには違いがないのだが。

この視点に立つと、土を練るということは、作り手として、土の意思をうつわに反映しやすいように土に力を貸す行為の一つなのだろう。陶芸とははじめから作るうつわが決まっていたとしても「コノ土ハドノヨウナ姿ニナルコトヲ望ンデイルノカ」を探ることは楽しい事だ。土の声を聴くことは楽しい事だ。

土を練るとは土の声を聴きながら、どのような施しが相応しいかをお互いに探る過程でもあるように思われる。だから、土を練る事は楽しい。