ひとりごと

再び内村航平

体操という競技だけではなく、フィギュアスケートでもそうだし、自らが回転することによって成り立つ競技はいくつもあるが、回転すること自体のみで競技が成り立つのは、鉄棒に勝る競技があるだろうか。内村は、一本の鉄棒を中心に自らを回転させることによって、世界と対峙している。そこで眼にしている世界とはどのような像を結んでいるのか、擬似でもいいから体験してみたい。ぼくがあらゆる体操選手に脅威を感じていることは確かなのでが、とりわけ内村の発言や振る舞いを通して彼の意識とか感性に一層の脅威を感じるのだ。

ぼくたちは回転している土と触れ合うことによって、世界と対峙しているし、感受している。内村も同じように見えるのだが、圧倒的というか根本的に違う。回転する動力が内村自身にあり、鉄棒という軸はその動力を支えている。動力によって、内村は鉄の棒と一体となり、世界を覗き込む。それにひきかえ、ぼくたちは、自分の力あるいは外部の力を借りて、土という対象を回転させ、触れ合うことによって土と一体化し、世界と対峙する。同じ回転と言っても、その有り様はかなり異なっている。ある陶芸家が言っていた、「ぼくは土になりたいのだ」と。

多分、内村は選手としての内村になりきることによって、自我から解放され、世界と対峙しているのだろう。羨ましいなあ。

世界は回転に包まれ、回転に満ちている。

最新記事一覧