横濱陶藝倶楽部新規会員募集主催者のひとりごと 会員の作品集 やきものづくりにあたって 工房日記 つくり方教室 会員のみなさまへ アクセス リンク

      

   

      

展示会に向けてゴー。
今年の展示会は、おおぐま座でいきます。
北斗七星を中心とした恒星と星雲の位置にうつわを配置します。バザール用につくったうつわが醸し出した「宇宙」のイメージです。
考えてみれば、うつわとは、ひとつの宇宙です。うつわは結界であるとどこかに記したことがありますが、同時に宇宙です。宇宙は回転運動によって成り立っていますが、うつわも同様に回転運動によって産み出されるものです(もちろんそうでないうつわもありますが、いたづくりのうつわだって、回転運動の菊練りが背景にはあります)。
うつわの存在感が強すぎて、日常的に使うのにはいささか難があるかもしれませんが、これらのうつわを覗き込んでまなざしを膨らませると、結構想像力を刺激すると思います。少なくとも、万華鏡を覗き込むよりはエキサイティングだと思います。
といいながら、まだ試作品・色見本の段階なので本当のところはよく分からないのですが、ぼく自身、期待しています。
話はがらっと変わって、アフリカです。来月には横浜でアフリカ開発会議が開かれますが、その会議をもりたてようといろいろなイベントが横浜や東京で行われています。そのひとつに日本大通で行われたティンガティンガ・ストリートアート展があります。そこで同時に開催されていたティンガティンガの原画展でゲットした絵画の素朴でかわいらしさにほとんど感動。今その作品は、我が家のピアノの譜面台に置かれて、一日中、こだま(もののけ姫に出てくる奴)二名が鑑賞しています。さらに赤レンガ倉庫で行われたAfrican Festa 2013でのライブ、とりわけBil Aka Kora というブルキナファソのミュージシャンに感動。

このひとたち、ブルキナファソでは英雄なんですよ。柔らかくて暖かくて、本当に素敵なミュージシャンです。今年はアフリカイヤーになりそう。
さらに、田野畑で野焼きというのも画策しています。あの地域は縄文人が暮らしていた地域で、津波がらみで新たに宅地を開発しようとすると、遺跡が発見されるとのこと。来年の夏当たりに実現するといいなあと勝手に思っています。
2013年5月20日
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第2回横濱陶藝倶樂部 春のやきもの 三陸・田野畑 復興応援バザールは、無事終了。売上金263,500円は田野畑村へ送金しました。会員の皆様、わざわざ工房まで足を運んで下さって、うつわを購入していただいた知人・友人の皆様、通りすがりでもうつわを購入していただいた皆様。ありがとうございます。
この自己満足的支援は、当分続けていきたいのですが、どうなることやら。この工房をいつまで維持できるのかそれさえもあやふやなのに、呑気といってしまえば呑気な話ですが、呑気っていいですね。
神戸の地震の時は、親戚が大勢神戸にいるのにリアルタイムで覗いている災害(何処までが天災で何処までが人災か分かりませんが)という感じがありました。しかし、3.11はぼくもひとりの被災者であると同時にリアルタイムで、津波や原発の惨事を眼の当たりにしたわけです。そして、津波も原発も明らかに自然を舐めた人災だったわけです。そうした経験の中で、ぼくはふたつのことを学びました。ひとつは「自然って凄い。いいもわるいも凄い」ということ。もうひとつは「人間、必ず、いつか死ぬ」ということです。
基本的にぼくは原発は反対です。でも、本質的には、原発というより「自然を舐める」ことに否です。土をいじくっていると自然(土)を舐めるなんて滅相もないと実感できます。食べるものだって、今の消費者は、異常に「賞味期限」を気にします。それはぼくたちにはどうしようもない自然の摂理なのだから、気にするのが当たり前です。人間だって自然の一部ですから賞味期限が過ぎて死を迎えるということは、当たり前です。
日本の文化ほど死を恐れない文化はないといわれますが、それは禅の影響かもしれません。禅でも「人間いつかは死ぬ」ということが大前提となっているようです。
どうせ死ぬのだから、のんびり生きてやろう、というのが、3.11を経験したぼくの結論です。その典型的な生き方が車の運転です。どうせ死ぬのだし、世の中暗い(あのころは物理的に暗かった)のだから、前から欲しかった車を手にして、ぱあーっと遊んじゃえと思って購入したのが今の車、プジョー308CCです。プジョー308CCのコマーシャルでの殺し文句は「この車はあなたの人生を変える」でした。そりゃあ、ほとんど宗教だろと思いつつ、日々乗っていると人生ではなく、人生観と人生感が変わりました。単純なキャッチフレーズをいってしまえば「のんびり、自然を感じながら、生きていく」ひとつのアイテムがあの車なのでしょう。越後妻有で、河口龍夫さんと乗り回した時もそんな感じで運転していました。
ぼくにとって、3.11とプジョー308CCは切っても切り離せない関係があるのです。
話はがらっと変わりますが、10月には展示会『卓』が開催されます。ぼくの作品は、バザールでもご披露した宇宙もののうつわです。北斗七星というか、おおぐま座がテーマです。おおぐま座の6等星までの恒星といくつかの星雲に合わせて、うつわをつくるつもりです。星座(星座という概念はあくまでもヨーロッパの概念と想像力のたまもので、あれを観ておおぐまを連想すること自体が異常に凄い)を食べる、宇宙を食べるがテーマなのですかね。どんな作品になるのか、ぼく自身楽しみです。試作品は徐々につくっています。
2013年4月18日
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例の地震から2年の月日が経ちました。
ちまたでは、風化が叫ばれています。でも、どうなんでしょう。風化するものは自然に風化するのではないでしょうか。3月11日の前日、3月10日は、68年前、脳みその狂った日本軍国主義が、同じように脳みその狂ったキリスト教原理主義の合衆国を中心とした帝国主義連合とガチンコの戦い(本当はぜんぜんガチンコではない)で、帝都をぼこぼこにされた日です。マスコミは3月11日がありますから、あまり大きくは扱っていませんし、戦後生まれがうじょうじょ徘徊している今日この頃ですから(ぼくもそのひとり)一見、風化しているように見受けられますが、はたしてそうでしょうか。十代のガキどもを含めて、意外と良心というかまともな心を持って、戦争や平和をみつめている者どもがちゃんといるように思えてなりません。
ぼくたちは、好きでやきものをつくっています。好き勝手につくっています。それで生計を立てているわけではありません。そうして産み出されたうつわは自分や家族が使うこともありましょうし、知人や友人にプレゼントすることもあるでしょう。さらにいろいろな方に頼まれて作陶することもあるでしょう。
そうした中で、手元に残ったうつわを売ることは、こうしたこころのこもったうつわ(こころのこもらないうつわなど多分ひとつもない)をいろいろな方々に使って頂いて、生活を豊かにしてほしいという願いから発生しています。そこでの利益は、第一の目的ではありませんし、その利益がさらなるかたちで、だれかの生活の役に立つとしたら、それはそれは嬉しいことです。
今年で2回目になる田野畑への復興応援バザールは、少なくとも、10年は続けたいし、別のかたちでの応援もできればと思っています。
話はまるで変わりますが、やきものは奥が深いといわれますが、それは本当です。絵画にしたって、書にしたって、音楽にしたって、料理にしたって、人間関係にしたって、生にしったて、死にしたって、みんな奥は深いものです。そんな中で、俳諧とりわけ松尾芭蕉の句は、奥が浅く、なんでこんなに奥が浅いのにひれ伏してしまうんだろうと思います。この歳になって、ようやく、芭蕉の浅いことばの凄さに目覚めました。
 古池や 蛙飛こむ 水のをと
この句のもとは 古池や 蛙飛ンだる 水の音 ですよ。芭蕉は、ことばつかいの魔法使いですね。これほど意味が伴わない文学ってあるでしょうか。
やきものはいろいろあります。うちの倶楽部は実用性を大事にしています。でも、実用性もなく、置物や見せ物でもない、しかし、明らかに嬉々として存在するやきものってあるのかなあ。芭蕉の句みたいに。
2013年3月12日

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 横浜陶芸倶楽部とは、直接関係ありませんが、私がどこかで発表したり、書きためたりした論考やアフォリズムを順次掲載いたしますので、参考にしたり、批判したりしてくれるとありがたいです。中には、相当、専門的な文もありますが、らくちんの文もあります。ページトップのクリティックから入って下さい。

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